2014.11.22 11月22日(土)杉並稲門会創立15周年記念祝賀パーティ開催
平成26年11月22日(土)。ことし最後となる三連休の初日、東京地方の朝は穏やかに明けた。まるで「杉並稲門会創立15周年記念祝賀パーティー」の大盛会を予告するかのように・・・。
会場は、おなじみ「大隈庭園」に隣接する「リーガロイヤルホテル東京」ロイヤルホール。幹事ならびに各ブロック世話人の方々による当日準備もあらかた終わった頃合いを見計らい、受付を開始。今日のパーティーを楽しみにしておられた会員の方々が三々五々ご参集、そこかしこでご挨拶の輪が広がって行く。近隣をはじめとした他稲門会の皆様やご来賓の方々も続々とご参集、口々に言祝いでくださった。
310名という大参加者で32卓のテーブルがほぼ埋まったころ、本日の司会者である稲垣文子さん(5B)が、「第一部 祝賀会・講演会」の開会を高らかに宣言。続く久保田貞雄会長の挨拶において、23区支部から実に19もの稲門会に加え三多摩支部や埼玉県支部からも沢山のお仲間がお祝いに駆け付けてくださったこと、また永遠の〝好敵手〟杉並三田会の方々も多数ご出席くださったことへの謝意が述べられ、「今後も、元気で楽しく明るい杉並稲門会をモットーにして行きましょう」と宣揚された。
ここでサプライズが! ご公務の途上たまたま通り掛かられた鎌田薫早稲田大学総長が〝飛び入り〟で登壇され、「杉並稲門会」の発展をお祝いしてくださったのである。直ぐに総長は会場を後にされたが、列席者一同、まことに感激のひとときであった。
ご来賓(早稲田大学理事・校友会代表幹事/福田秋秀様、前校友連携担当部長/後藤由美子様、教務部招聘研究員/三木佑二郎様)紹介の後、いよいよ映画監督・篠田正浩様のご講演である。戦後間もないころの社会情勢を反映した学生生活のなか、早稲田大学競争部へ入部した氏。あの箱根駅伝で2区を走るに至った経緯や当時の中村清監督とのやりとり等、興味尽きせぬお話を軽妙に展開してくださった。中村監督ならではの〝新人選手起用法〟哲学が、後の映画監督人生においてとても役立ったことや、かの寺山修司氏との衝撃的な出会いにも言及され、「ワセダは素晴らしい!」と締めくくられた。
10分間の休憩をはさみ、「第二部 祝賀宴会」へ。各テーブルには、島根県の蔵元・竹下本店(故・竹下登元首相のご実家)の清酒「都の西北」が置かれ、華を添えている。 山田實名誉会長による挨拶においては、ご来賓をはじめ各稲門会の皆様や杉並稲門会々員ならびに幹事・各ブロック世話人方への謝意が述べられた。
続いてご来賓を代表して福田秋秀様のご挨拶。校友会の現状についてお話しされ、「杉並稲門会」の今後ますますの躍進を期すると結ばれた。
乾杯の発声は、根本郁芳相談役。二百数十名で発足した「杉並稲門会」が、この15年間で600名になんなんとする現状に感無量であること、他稲門会から多くの皆様がご列席くださったことを謝し、乾杯! 一同声高らかに唱和し、懇談タイムへ入った。
最初のアトラクションは「TOMAPO」による歌と演奏。「平均年齢58歳の究極の親父バンド」との紹介文にもある通り、渋みのある雰囲気と懐かしい感のある選曲で場を楽しませてくださった。因みにアンコール曲は「スキヤキ・ソング」。
続いてのアトラクションはフラメンコ集団「VAMOS」によるダンス。紹介文によれば「今、早稲田でいちばん情熱的な学生サークル」とのこと。現役学生ならではの若さ迸るダンスと躍動的なリズムとで、会場を大いに魅了した。
宴たけなわのなか、校歌斉唱とエールに移る。リードはいつもの清水一平氏(1B)。エールでは、杉並三田会の深堀博義代表世話人にご登壇のうえ一言ご挨拶をいただいてから改めて〝慶應〟へのエールをお送りするといった粋な一幕もあり、時あたかも伝統の一戦である大学ラグビー早慶戦(しかも、ことしは100年の記念試合という大きな節目)の前日ということともあわせ、印象深いものであった(因みに翌日の早慶戦は引き分け)。
最後に名取義久副会長より御礼の挨拶を申し上げ、司会の閉会宣言を以て、「杉並稲門会創立15周年記念祝賀パーティー」は恙無く大団円を迎えた。 東京都23区支部稲門会の実に23番目として、平成11年11月11日に産声を上げた「杉並稲門会」。先輩方が築いて来てくださった礎へ思いを馳せ、それを着実に引き継いで行くことなど改めて考えてみたことであった。
(嗣永典子)